『光の速さ -The Speed of Light』作・演出
マルコ・カナーレより公演によせて
『光の速さ』プロジェクト
『光の速さ』プロジェクトは、様々な都市の高齢者の方々と、彼らの記憶や彼らと共に作り出した物語を元に、それぞれの場所の歴史を再構築し未来を想像する、というプロセスを共有することによって生まれました。プロジェクトはまずブエノスアイレスで、次にドイツで行いました。そして現在、スイスと東京で進行中です。
時として、私は『光の速さ』は十字(架)のような物だ、と思うことがあります。横軸は都市の表から裏を貫きます ― 都市が常に見せる面の顔から、普段は見えない裏の顔まで。そして縦軸は私たちの祖先から地球・空までを貫くのです ― 時の流れ。愛、生と死、そして死後の世界を。
この作品では都市全体が舞台となっています:家々、通り、神聖な場所を舞台に、役者達が偉大なる旅を創り上げるのです。ある意味、忘れられた場所への巡礼の旅でもあります。
我々が死ぬ前に、戻りたい・旅したい場所はどこだろう?
私が、失われないようにしたいもの(保存し続けたい、守り続けたいもの)は何だろう?
東京での 『光の速さ -The Speed of Light-』
◆東京の記憶
東京ではこの二つの問いに特別な光があてられました。
東京には数々の痛みを生んだ記憶があり、戦争が遺した記憶と痛みを知ることは、当時子どもだった出演者たちが、戦後の東京と日本の目覚ましい復興を目にし、未来へと進み続けた力と同じように、私にとって目を見張るものがありました。
しかし現在、新しい世代の人々は彼らが大切にしてきた知識から目をそらそうとしているように見えます。
私はこの作品が、そういった彼らの知識を若い世代と共有する機会となることを願っています。
一方で我々は、多くの役者さん達は経験した事のないような創作のプロセスをスタートさせました。台本も物語もない演劇です。すべてが一から創られて、私自身にもどう進むのかは未知数でした。そのことが、恐れと同時に不思議な力強さを生み出したと感じています。
◆能・歌唱・邦楽器・・・東京でのコラボレーション
死、死後の世界、そして信仰を扱っているこの作品では、能舞台というものが創作開始当初から私たちにとって重要な宇宙でした。生ける者が死せる者と出会う能という神聖な芸術とその舞台は私の創作にとって最高の場でした。
能監修として佐々木多門先生のサポートを得られたのは私にとって非常に幸運なことでした。そしてキャストたちが、彼らの年齢でも「能を踊りたい」という勇気や熱意を示してくれたことにも大いに助けられました。
歌唱監修として参加してくれたのは、宮内康乃さん。彼女はアンセストラル・チャンティングの深い世界の扉を私に見せてくれ、自然を音で表現する可能性を開いてくれ、さらにキャストたちの内側に美しい感情の橋も通してくれました。
そして、邦楽器提供をしてくださっている親愛なる茂手木潔子さん。彼女は、家のリビングで猫と共に暮らしながら古くから伝わる楽器を大切にする素晴らしい女性です。我々と我々の源、我々の魂との橋渡しをしてくれる彼女の楽器への愛は、私の心を強く揺さぶりました。そして彼女の美味しいお菓子と(一度はお酒も)私達の友情をさらに高めてくれました。
コロナ禍での『光の速さ -The Speed of Light-』
コロナウイルスが猛威をふるいはじめたのは、私が東京で、プロジェクトの一部である『映画版「光の速さ」』の撮影をしている最中でした。キャストの皆と話し、リスクがある中でも稽古や芝居を続けたいかを彼らに問いかけた日のことをよく覚えています。
全員が「イエス」と答えました。彼らは難局にある今こそ、この希望と力強さというメッセージを伝えなければと感じていたのです。そこで我々は出来る限りの感染症対策を取りながらの共同作業を続けました。キャストたちからのこのような歩み寄りに、私は深く心を打たれました。このプロジェクトと彼らの祖国への献身、そしてある意味彼ら自身と私のプロジェクトへの献身を見たからです。
事態が更に悪化し、我々はお稽古を中断せざるを得なくなりました。家族と離れ一人日本から出られなくなってしまった私は、45日後にやっと家に帰ることが出来ました。プロジェクトは2021年に延期され、それ以降はキャストたちとの作業を、離れた場所から続けなくてはなりませんでした。このことによって様々な困難が生まれましたが、同時にチャンスも生まれました。
ドラマトゥルギーいう観点で言えば、作品がより熟成され、キャストたちと共に、彼らが子供時代や大人になってから戦争によって受けた傷や彼らが築き上げてきたものを含む、自分自身や祖国に関する記憶に、深く触れる事が出来ました。とても深い対話で、衝突が起きなかったとは言えませんが、光を当てるべきものに光を与えることに近づけたと思います。
そしてそれが、私の考えるこのプロジェクトの基本だと思っています、つまり影の存在であり続けたものに、皆で一緒に光をあてること、そして愛を持ってそうすることです。
古くから伝わる道教の一節に「悪を前にした時の最善の行動は、善に基づいた確固たる行動をすることです。」とある様に。
この作品は、公募で集まってくれたシニアの出演者たちと一緒に創り上げたもので、彼らの世界に対する視点、大切にしているもの、共有したいもの、そして残したいものを、観客の皆さんと共有しようとするものです。
彼らの東京の歴史の記憶 – 戦争が与えた影響 – を目にし、そして都市が再構築される物語。
それは同時に彼ら自身の人生・命の再構築の物語でもあります。
彼らは記憶を語ったり演じるだけではなく、歌い、踊り、各々が持つ異なった知識で作品に貢献し合う創造の場を開き、皆で作品の内容を議論しながら道を探って来ました。皆が心血を、そして持てるもの全てを注いで創りあげたものに心を動かされることでしょう。
本作が持つ力は、出演者たちが全身全霊でこの創作に乗り出した力強さから生まれていると確信しています。
「このプロジェクトは、死ぬ前に何か美しい事が出来た良い機会でした。」と、ある役者さんが私に言ってくれた様に。
ここに書いたようなことすべてが相まって、この作品には、どこか観客にインパクトを与えてくれるところがあると思います。
コロナウイルスによる犠牲者の多くを占めるのが高齢者です。そんなシニア世代の彼らがアクションを起こしたことで、この作品はコロナ禍以前よりもさらに力強く、観る者の心に響くと思っています。
世界中の誰もがパンデミックを経験した今、東京の観客の皆さんも一緒にこの“大いなる感情の旅” にご参加ください。